トップのページへ

今思うこと

    
 
 
夕暮れせまる都会のホール、コンサートがあるようだ。ゾロゾロと人の列がアリの行列のようにできている。
中年歌手のファンなのだろう。
 コンサート会場は、白髪まじりの中年から初老の夫婦・男女で満席である。どことなく、ナフタリンの臭いが漂う。
 待ちわびたように、開演。いきなり耳を裂くような、大音響のリズム。其れと共に、中年歌手の絶叫的歌唱。年齢による月日の流れから解放されたように、誰しも眼が大きく輝いている。
 リズムはさらにエキサイトしはじめたと思いきや、興奮のあまり座席から立ち上がり出した。一人二人と、辺りは手を叩きながらリズムをとり、腰まで振る中年の女性同士。手を振る妻の熱狂ぶりに困惑しながら、その場に馴染めない夫。
 場内は、ナフタリンと円熟した熱気と加齢の汗の臭いが調和して、独特の雰囲気を醸し出している。
 そんな興奮も終わり、ホールから出てきた老夫婦、
 「これで、元気をもらったわ。明日からもう一がんばり!」
とニコニコ顔。老夫も強引に納得。「元気をもらう」、「生きる糧をもらう」、今最も求められていることだ。 元気をもらえるお寺があれば、もっとよいのだが……。





 高齢者離婚による、心を癒したい思いから、成田空港から東南アジアへ旅立つ初老の男性がいた。「なぜ離婚なのか」、機内でも、現地に着いても、そのことで心が詰まる。どうしても心の整理がつかない。
 現地二日目、どうしたことか、体から猛烈な寒気が襲い、冷や汗が出る。もしや、「現地の熱病では、いや、そのほうがいい」と路上に倒れた。幸か不幸か、通りかかりの医学生に助けられ、数日のうちに体は回復した。
 これを機に、医学生との交流が始まった。ある時、医学生は「映画に行こう」と誘ってきた。「今さら……」と思ったが、厚意でもあり、車で十分くらいのひなびた映画館に入った。オードリーヘップバーン・ケーリーグラントの「シャレード」がかかっていた。
 アメの降ったスクリーンに涙が流れ出した。日本でこの映画を見た学生時代に妻と会った。そのころの自分に戻っていた。その頃どれだけ将来の妻のことを考えていたか。それが、いつしか豊かさだけに変わっていた。
 ヘンリー・マンシーニの「シャレード」の音楽を聞きながら、再び妻のもとへ帰る決心をした。いつまで断られても……。
 現代人に必要なのは。過去に戻る時間をもつことか。


トップのページへ